マダガスカルという国に行ってきたーその3(郊外の自然公園)
やはりマダガスカルというと、イメージするのは、野生動物と豊かな自然だろう。
ということで、郊外の公園にも行ってきたことも書いておく。
もともとの目的地だったところ
本当ならば、友人と「ムルンタヴァ」という街に行く予定だった。
しかし、当日の朝、空港まで行って、搭乗を待っていると、「ハリケーンのため、飛行機はキャンセル」だと言う。
実はマダガスカルはハリケーンがしばしば発生しており、1月にも大きなハリケーンで被害が出たばかりだった。
新しく目的地にしたところ ムラマンガ
できる友人がその日のうちに、旅行社と交渉して、新しいツアーを予約してくれた。
新しい目的地は「ムラマンガ」と、その北に広がる国立公園。首都、アンタナナリボから約4時間程度で行けるお手頃な土地だ。
あたり前ではあるが、旅行社との交渉は、すべてフランス語である。できる友人がいなかったら、私はマダガスカルで何もできないまま終わっていただろう。
ところで、利用した旅行会社はMadagascar Discovery Agencyという会社で、非常に良い会社であった。
飛行機がキャンセルになったのだから、会社には何の非もないのに、新しいツアーでは割引もしてくれた。
こういう点で、マダガスカル人は非常に気配りができる人種。と友人は言っていた。
ムラマンガへの出発
朝9時ごろ、旅行会社のランドクルーザーが迎えにやってきた。
運転手は片言の英語を話せる人だった。
「トヨタだ。いい車だよな。」と運転手は言った。ちなみに、後からわかったことだが、彼はトヨタが日本の会社であることを知らなかった
ランドクルーザーの座席には、水が2本。
友人の言うとおり、マダガスカル人は本当に気配りがうまい人種だった。
ムラマンガへの道のり
アンタナナリボからムラマンガへは山をひとつ越えていかなくてはならない。
しかし、道はよく整備されており、ランドクルーザーは60km/hくらいで巡航して走っていた。
実はアンタナナリボ-ムラマンガのルートは、アンタナナリボ-トゥアマシナの途中にある。
トゥアマシナというのは、マダガスカルの最大にして、(ほぼ)唯一の貿易港で、マダガスカルの輸出入はこの港に頼っている。
と、いうことは、トゥアマシナからの輸送がストップしてしまったら、アンタナナリボは物資不足に陥ってしまう。
それだけに、道はよく整備されているのだろう。
マダガスカルの鉄道事情
ちなみに、アンタナナリボ-トゥアマシナでは鉄道路線もある。[1]
が、単線な上に、交換所も少なく、さらには、線路状態もあまりよろしくない。運転手によると、山からの転落事故も起きているそうだ。
そんな事情もあってか、貨物列車が1日2便だけ運行されている現状なのだという。
道の途中にあった踏切
道すがらの様子
首都のアンタナナリボの賑やかさと違って、とてものどかな田園風景が広がっていた。
見渡すかぎり、水田が広がり、道の脇には長距離トラックを相手にする商店がポツリポツリと並んでいた。
この地域の水田ではJICAの農業技術指導が入っているのだという。
指導前はできるかぎりぎっしりと稲を植えていたのを、等間隔にまばらにして稲を植えるように指導し、生産量を伸ばしているのだという。
確かにこの地域で食べた米は美味しかった。JICAに感謝しないといけない。
Réserve Peyrieras Madagascar Exotic
日本語にすると、「マダガスカル固有種保護公園」だろうか。
山の合間にある施設だった。
ここで「これでもか!」というくらいにカメレオンを見せてもらった。
こんなに近くでカメレオンを見れる。と、いうかガイドの兄さんに「もっと近くで撮りなよ(らしきこと)」を言われるくらいだ。
テレビで見たこともあったが、カメレオンの擬態能力はすさまじい。樹の枝の中央にカメレオンがいるのはなかなかわからないだろう。
ガイドをしてくれた兄さん(年齢不詳) 「モグラ」「ワニ」など、日本語の単語をいくつか知っていた。きっとここは日本人観光客がよく来るのだろう。
あとからわかったことだが、ここwikipediaにも載っていた。
憲兵隊博物館
マダガスカルはフランス式で、「警察」「軍」「憲兵隊」の3組織制を運用している。
フランス語で"gendarmerie"と言う。で、ここはその憲兵隊が運営している博物館。
憲兵隊学校の中にあり、どうも写真を撮れない雰囲気だったので、写真はない。
代わりにHPをどうぞ
憲兵隊学校の係員(広報担当なのかな??)がガイドをしてくれる。当然、フランス語。
憲兵隊が押収した物品、昔の兵器[2]、そんなものが展示してある。
古びた貨車が1台、展示してあった。
1947年、この貨車にマダガスカル人が閉じ込められた状態で処刑されたのだそうだ。つまり、貨車に閉じ込められたまま、銃撃されたのだ。
そのマダガスカル人達は、フランスの植民地支配に反乱を起こしたマダガスカル人だった。
マダガスカルが独立したのは、その10数年後、1960年のことである。
ガイドの憲兵隊員は「貨車にあまり近づかない方がいい。中にはまだ人がいるからね」と、笑えないジョークを飛ばしていた。
Vakona forest lodge
要はホテルなのだが、このホテル、なんと国立公園の中にある。
そして、私立公園を持っており、宿泊客はレニューを間近でみれたり、ワニを間近で見れたりする。
きっと、現地の物価ではウルトラ高いのだろうが、日本円にすると、1万半ば。
これで、宿泊費、私立公園への入園、食事。とすべてついてくる。非常にオススメ。
レミューは餌付けされているので、ものすごく間近で見れる。と、いうより、遠慮なしに人にまとわりついてくる。
ワニもこの近さで見れる。当然、ワニには近づかない。
食事もフルコースで出してくれる。非常に美味しかった。魚のココナッツソース煮と、マッシュポテト、JICA米(たぶん)の豪華なメインディッシュである。
部屋はとても立派。1つの部屋(というよりロッジ)に3つもベッドがある。1人で寝るには十分。。というか怖かった。
ロビーも言うまでもなく立派。写真を取る直前までアメリカ人(たぶん)の観光客がくつろいでいた。
国立公園
ガイドに連れられてただひたすら歩く。
ここに来る人達はたいてい、インドリを目当てにしてやってくる。
「インドリ」というのは、世界最大のレミューで、絶滅に瀕している種。
というのも、生きていくのに、かなりリソースが必要だからだ。
その特徴を挙げると
- オス、メスのカップルはずっと、そのカップルのまま生涯を過ごす
- 縄張りが広い。他のレミューに比べてはるかに広い縄張りを必要とする
- インドリ同士での縄張り争いが発生することもある。ただし、インドリと他のレミューは同じエリアで共存可能
- 食べ物に好き嫌いがある。その好き嫌いは親から子どもに伝わえる
と、いう、とても人間臭い性格(要はワガママ)をもった種がインドリなのだ。
でも、その人間臭さのせいで環境の変化に適応できず、絶滅の危機に瀕している。
そんなワガママなインドリの勇姿。木から木へ移動はすばしっこい。
公園の出口では謎のレニューキャラクターがお別れをしてくれる。
[1] マダガスカルでは大きな鉄道路線は3路線しかない。あれだけの広大な島に鉄道路線が3本しかないのだ。いかに、鉄道が発達していない国か、よくわかる。きっと、マダガスカル人が東京で来たら、びっくりして腰を抜かすだろう。
[2] WW2のドイツ製銃器が展示してあった。STG44とかMP38とか。なんでそんなものがあるんだろう。と思っていたが、今、考えてみると、WW2のマダガスカルはヴィシー政権だったので、ドイツ製の兵器を運用していたのかもしれない。